ねいほう!fumiです!

 

今回はマカオの歴史について!

 

 

これから、マカオに行く人にとってみると、その場所の歴史を知っておいて損はないですよねー

ということで、あまり複雑な話にせずに簡単に解説できるように頑張ってみます!

 

私もそうなんですが、あまり長い文章は読みたくありませんもんね笑

 

 

マカオの繁栄はポルトガル人が来てから?

画像元
https://matome.naver.jp/

 

マカオの歴史を紐解くと、マカオがここまで発展したのは一にも二にもポルトガル人が広東に来航したからということになります。

外国人が目をつけなければただの漁村です(たぶん今でも)。

こういったあたり、香港や、日本の横浜、函館、神戸なんかと同じということになりますね。

 

明朝の時代はいわゆる大航海時代で、スペインやポルトガル、オランダが世界中に出向き、カトリックの布教をし、植民地を増やして行きました。

当初は布教貿易を目的とした、ポルトガル人の広東進出でしたが、 周辺地域の海賊討伐を条件とし、ポルトガルが明よりマカオの永久居留権を獲得します。

これが運命の分かれ道。

1557年の出来事でした。

 

明朝は日本の倭寇にずっと悩まされていた王朝。

間接的に考えると、日本の海賊のせいともいえるかも。

(日本の倭寇がそんなに南にいたのかという声はあがりそうですが)

 

 

ポルトガルの統治時代

 

ここからポルトガルの統治がすぐにはじまったわけではありません。

が、ポルトガル人は外堀を埋め始めます苦笑

 

そう、ここマカオを自分たちが統治しているように振舞うんですね。

それは中国が明朝から清朝に変わっても同じでした。

 

それは清朝のスーパー皇帝、雍正帝や乾隆帝にポルトガル使節団を送り、マカオを暗に認めさせるなんていう外交努力も発揮しています。

 

そして、清朝末期の1862年、大混乱の中国大陸のどさくさに紛れ、ポルトガルがマカオ独立を宣言。

天津条約においてマカオがポルトガル植民地であることを承認します。

そしてさらに、どさくさにまぎれてタイパ島を占領してしまいます。

 

つまり実効支配の期間が200年近くあり、実際に公に認められたのは、130年ぐらいだったというわけです。

 

中国への返還

画像元
https://www.his-j.com/

 

そして、第二次世界大戦後、各東南アジアの国が植民地から解放されていく中で、ポルトガルにも独裁体制を脱する革命が起こり、植民地の解放を宣言

その後、ポルトガルも中国と国交を樹立し、1999年に中国に返還されます。

 

よく耳にする香港を巡るイギリスと中国の問題に比べ順調にいっていますよね。

香港を返そうとしないサッチャー首相にむかって、トウ小平さんが

「イギリスの海に軍艦を浮かべる」といったような恫喝もなく。

 

これはたぶんポルトガルのイギリスとは違い大国の競争をすでに諦めていたというか、

国土も小さいですし、無理があったんでしょうね。没落も早かったですし。

植民地支配には興味がもうなかったのかもしれません。

 

ということで、マカオに多大なる影響を残したポルトガルはその世界遺産や町並みのみにその面影を残すとなるわけです。

 

まとめ

 

ということで、マカオの歴史についてでした!

 

こうして歴史をみていくと面白いですね。

その地域のこれまでがわかります。

いたるところに見られる、ポルトガルの影響と広東人のもともとの暮らし。

それが味わえるマカオを楽しんでみてはいかがでしょーか!?

マカオ旅行の参考は下記チェックです!

 

それでは!


リュックパッカー中国をゆく: ~台湾留学経験者がみた中国~